らんちゃんは猫である。
なんだか、お盆が過ぎて随分と涼しくなってまいりました。
昨日8月23日は「処暑」でございまして、暑さもダイブ和らぐ、そんな意味合いの言葉なんだと思います。台風のせいもあるのでしょうが、夕空を見上げてみると(もう18時過ぎたら、すっかり夕空ですねぇ)
会社の窓からパチリ。雲ながれゆく、って感じですね。これ池波正太郎の本のタイトルだっけかな。確か、昔、男に襲われた女性がそれでもたくましく生きていく、とか、なんだか宮本輝の小説に出てきそうな流れだったような、そうでなかったような、ていうか、まだ読んでないはずだ、あは。
最近は、すっかり古い本を読んでいるのでが、お盆明けから読み出しているのが、夏目漱石の処女作『我輩は猫である』です。実は、小林信彦って文芸批評家の本で、古今亭志ん朝と志ん朝の話の一編にあったのですが、夏目漱石は落語が大好きだったそうで、その当時(おそらく日露戦争あたり)寄席に通いまくって、色んな昔の噺家を生で見ていたんだそうです。ボイルしてたら、大変だけど。で、その落語のネタに通じる部分があったり、いわゆる庶民的な言葉(へっつい、とか)が沢山織り込まれているから、大変に面白い、ということを書かれていて、読んでみることとしました。
なるほど、掛け合い、ですな。
とんとんとーん、って感じ。面白い。
主人と迷亭と寒月さんのなんともいえない語りが、くすぐられます。それを客観的に見ている猫、といった具合なのでしょうか。大変に、いとおかし、です。
ただ、文字数が多い。まだまだ終わりません。これ、年内かかるな。だらだら、読みます。
さすがに、他の本に浮気しながら、読み進めているのですが、その浮気相手っていうのが、石川啄木のローマ字日記。これがまた読みにくい。まぁ興味ある方は、手にとってみてください。かなり時間が潰れます。
あと、タイトルの件。
我が家に最近、猫が舞い込んできました。模様から「ランボーみたいやな」と私が呟いたことが発端。
らんぼー → らんらん → らんちゃん 時には おらん、と昔作ったCDを思い起こさせる名前になっていたり。朝、寝ている足をツンツンじゃれてきます、ただし朝5時。。。
他人には臆病なのに、私にはすっかり慣れている、これは尊敬されているのか、もしくは少々の哀れみをもって構ってくれているのか、いやはや、なんともな今日この頃です。くしゅん。