震災を「なんとなく」思う。
すっかり春らしい陽気が続いて、花粉に対する嫌悪感の日々を過ごしていましたが
昨日の昼過ぎから急に冷え込みまして。。。すっかり体調を崩した日曜日でございまいた。
皆さん、お身体いかがでしょうか?
さて。本日3月11日。
2011年3月11日の東日本大震災から2年が経過しました。twitter、Facebookをはじめ、インターネットやテレビ、新聞など各メディアにて大きく取りざたされていますね。『震災を忘れない』『今、東北に出来ること』色んな文面で賑わっていました。とある人に話しを聞くと、朝礼の時に1分間の黙とうをしたところもあったそうな。
そんな中、色々な場所で目についた言葉に、こういった種類のものがありました。
「震災に対して、我々は○○すべきである、○○しなくてはならない」
私自身、少し引っかかりました。
震災に対して思うこと・考えること・感じることは、各々それぞれのやり方て良いと思います。考えてないから、良くないだとか、どこまで思えばいいのか、何をしなくちゃならないのか、そういった悩みを持っている人は意外と多いじゃないかなぁ。。。
勿論、こういったキッカケに何か東北の事を思う、防災の事について考えていただくことは、大切であると思います。ただ、こうした悩みを持たれている方であれば、自分のペースで取り組んでいただきたいです。決して強制されることではないし、各々が出来る範囲で、取り組んでいただければいいかな、と思います。
震災について「なんとなく」思う。これで充分ではないでしょうか。
私は「祈り」を届けました。
祈りは届く。想いは通じる。
※きっとこういう曖昧なこと言うたら、つつかれる世の中なんだろうなぁ。。。
昨年、研修旅行として出かけた仙台の街。
空港のすぐ近くで津波の被害を受けて、未だに取り残されている店舗。
町の飲み屋さんで伺った、震災時の苦労話。
崖の上から眺めた、青空の下ですべてを呑まれた町並みの跡。
そんな状況でも、我々を暖かく迎えてくれた東北の人々。
あれから1年弱、街はどのように変化してるんやろか・・・
そんなことを「なんとなく」考えながら、防災を思う1日にしようかな。
2012年6月17日 女川町の風景